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吉田隼人は結婚してる?武豊や吉田豊との関係についても

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ゴールドアクターとの名コンビでGⅠの有馬記念を含む重賞4勝、さらにはソダシで桜花賞を制すなど、吉田隼人騎手は関東の注目騎手の1人ですよね。

そこで吉田隼人騎手がどのような人物なのか、3つのテーマを中心に解明していきますよ。

吉田隼人騎手は結婚しているのか

吉田隼人騎手は1983年生まれですから、年齢的にはアラフォーです。

今は男性の晩婚化が進んでアラフォーでも結婚していない男性はたくさんいますが、吉田隼人騎手はどうなのでしょうか。

すでに結婚していても何一つおかしくない年齢なのは確かです。いろいろと調べてみましたが、吉田隼人騎手が結婚している事実は確認できませんでした。

結婚していても公表していないだけの可能性もありますから、結婚の情報がないからといって独身とは限りません。

ですが現段階において、吉田隼人騎手は結婚していないと考えられます。

吉田隼人騎手は、2004年にデビューしました。

デビュー年はそれほど勝ち星に恵まれず、1年を通して3勝にとどまりました。

新人騎手がデビュー年に何十勝もするケースもありますが、吉田隼人騎手はそのパターンではありません。1年目の成績には、本人も悔しい思いをしていたことでしょう。

ですが1桁の勝利数に終わったのは、2021年までではデビューの2004年だけです。

2005年には23勝をマークし、2006年には60勝をあげています。勝ち星の数から、成績が右肩上がりに上向いていることがわかりますよね。

デビューして数年経っても勝ち星が伸びなくて苦しむ騎手は枚挙に暇がありませんので、1年目の3勝を除いて順調に勝ち星を伸ばしていったのだとわかります。

しかも2006年にはロフティーエイムで福島牝馬Sを勝って初重賞勝ちを決めましたし、2009年にはミヤビランベリでアルゼンチン共和国杯を勝って初GⅡ勝ちを達成しています。

そして2015年にはゴールドアクターの手綱を取り、年末の大一番の有馬記念を制して初GⅠ勝ちを決めています。

2015年の有馬記念は1番人気のゴールドシップが8着に敗れて8番人気のゴールドアクターが穴を開けた波乱の年ですから、記憶に残っている競馬ファンも多いはずです。

吉田隼人騎手は一気にブレイクしたわけではないものの、関東の有望株として確実に実績を積み上げ続けてきました。

現在はアラフォーですが若々しいルックスで正統派のイケメンですので、いつ結婚に関する噂が流れてもおかしくありません。

2021年はソダシとのコンビでさらなる飛躍が見込めますし、結婚の話題が競馬ニュースを賑わせることがあっても不思議ではありませんよね。

吉田隼人騎手と武豊騎手のエピソード

吉田隼人騎手と武豊騎手は年齢が10歳以上離れていますから、接点があるようには思えませんよね。

所属も関東と関西で分かれていますし、2人の間が深い関係だとはにわかに想像できません。

ただ吉田隼人騎手と武豊騎手の間には、こんなエピソードがあります。

それはまだ吉田隼人騎手が若手だった頃、武豊騎手に話を聞きにいっていたというエピソードです。

吉田隼人騎手からみれば武豊騎手は雲の上のような存在ですから、話しかけたりアドバイスをもらうのも気が引けてしまう面があったはずです。

ですがもし武豊騎手から貴重な話が聞けてそれを糧にできたら、騎手としての成長を見込めます。

騎手としての向上心の強さが、武豊騎手に話を聞きにいく行動につながったのかもしれません。

「話を聞きに行く」という言葉だけを見れば、それほど難しいことには思えません。

ですが実際に自分の職場に当てはめてみた時、言葉から受けるイメージほどそれが簡単ではないとわかります。

同僚やすぐ上の先輩ならまだ話しかけやすいですが、年齢が10歳以上離れている大先輩ともなればそうはいきません。

何を話したら良いのかがわからなかったり、どう思われるか不安になってしまったりで、結局話しかけないで終わってしまいやすいです。

武豊騎手は競馬界の宝ですから、どこか気後れしてしまう面もあるでしょう。

ですがそんな状況の中でも臆さず武豊騎手に話を聞き自分の騎乗に活かしていたのだとしたら、それが近年の活躍につながっているのかもしれませんね。

自分一人で考えて自分なりに答えを出すことはもちろん大切ですが、自分の引き出しだけではどうにもならないこともあります。

そんな時に「考えてもわからないからしかたない」と諦めるのではなく、信頼できる人に聞いて答えを出すヒントにしようとするのは非常に好ましい姿勢です。

どういう意図があって吉田隼人騎手が武豊騎手に話を聞きにいっていたのかはわからないですが、この行為が吉田隼人騎手の成長にまったく関係していないとは考えられないでしょう。

武豊騎手のように、50歳を超えても競馬で活躍し続けることは可能です。

そう考えればまだアラフォーの吉田隼人騎手はのびしろがありますから、今後の展開次第でさらに成長することも十分ありえます。

向上心の強い吉田隼人騎手ですので、今後の活躍ぶりに期待しましょう。

吉田隼人騎手の兄の吉田豊騎手について

競馬界には木幡兄弟や藤岡兄弟など、思いのほか多くの兄弟騎手が存在しますよね。

吉田隼人騎手にも、兄の吉田豊騎手がいます。

古くから競馬を愛好しているファンには、吉田隼人騎手より吉田豊騎手のほうがなじみ深いかもしれません。

1975年生まれの吉田豊騎手は、1994年にデビューしました。

その吉田豊騎手を一躍全国区へと押し上げたのが、1990年代後半の名牝メジロドーベルとの出会いでした。メジロドーベルに騎乗した吉田豊騎手は、阪神3歳牝馬S・オークス・秋華賞・エリザベス女王杯2回と、当時の牝馬GⅠを勝ちまくりました。

桜花賞だけは快速牝馬のキョウエイマーチに敗れてしまいましたが、それ以外は勝っていたのです。メジロドーベルの快進撃とともに、吉田豊騎手も有名になっていきました。

また1998年にはマイネルラヴに騎乗してスプリンターズS勝ちを決めるなど、メジロドーベル以外の馬とのコンビでも結果を残していたのです。

メジロドーベルが引退してからも吉田豊騎手の活躍は続き、2002年にはオークスをスマイルトゥモローで勝ったり、2004年には阪神JFをショウナンパントルで勝ったりしています。

これら以外に2008年にはマイルCSをブルーメンブラッドで勝っていますから、牝馬に乗ってGⅠを勝つ印象が強かったです。

吉田隼人騎手がデビューしたのは2004年ですから、兄の吉田豊騎手がすでに関東のトップ騎手の1人として活躍していた頃です。

年齢が離れてはいるものの、兄の吉田豊騎手が活躍している姿にはやはり大きな刺激を受けたのではないでしょうか。

吉田豊騎手は2010年代になってもサンカルロとのコンビで短距離戦線を賑わせていました。

当時「西の豊」と呼ばれていた武豊騎手に対して「東の豊」だと、吉田豊騎手は呼ばれていたのです。

2017年12月には落馬による大ケガで、1年以上の休養を余儀なくされていました。

それでも苦難の末見事に復活し、2020年の京成杯をクリスタルブラックで勝っています。

吉田隼人騎手もキャリアが15年を超えてベテランの域に達してきましたが、まだ吉田豊騎手も第一線で奮闘しています。

2人とも関東騎手ですから兄弟で同じレースに騎乗することもあるでしょうから、良い意味で刺激し合っていますよね。

どちらも関東を代表する騎手ですから、いろいろなレースで鮮やかな手綱さばきを見せてほしいです。

2021年の吉田隼人騎手はソダシという名コンビのGⅠホースがいますし、どうなるのかをじっくりと見守っていきましょう。

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